ハートのキング
(742~814)
カール大帝とも。カロリング朝フランク王国の国王。西欧を制覇してキリスト教を広めたため「ヨーロッパの父」と呼ばれる。
はじめてフランク人を統一して王国を興したのは、メロヴィング朝であったが、フランク人には分割相続の慣習があったため、強力な王権は確立されなかった。やがて宮宰のカロリング家が台頭し、シャルルマーニュの父・小ピピンがメロヴィング家を廃して、フランク国王に即位、カロリング朝が興った。
その小ピピンの没後、シャルルマーニュが王位に即いた。773年ランゴバルド王国の圧迫を受けていたローマ教会の要請を受け、イタリアに介入した。そしてランゴバルド王国を滅ぼしてイタリアを併せ、ローマ教会を手厚く保護した。
その後、ドイツ北部のザクセン人やイベリアのイスラム勢力、ドイツ南部のアヴァール人に遠征軍を送り、占領地に教会を建て、改宗に応じない者たちを処刑・追放して、キリスト教布教を強力に推し進めた。
西暦800年、これまでのローマ教会や教皇への貢献から、ローマ皇帝としての戴冠が許され、西ローマ皇帝に即位した。
そしてシャルルマーニュは、強力な王権を確立し、帝国の中央集権化を目指したが、814年病没した。彼の死後、ルードヴッヒ1世が即位したが、彼の目指したのとは逆に封建化が進行していくのである。
「平和なくして神をよろこばせることはできない。・・・あっ↑こっち協力してくれてもよろこぶかも。」
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